山内一信先生より
このたびは名大病院メディカルITセンター創立30周年記念おめでとうございます。このセンターの前身である医療情報部を主宰した私にとってはもう30年も経ったのかと感慨深いものがあります。自分が医療情報部を担当した時は病院情報システムによって良質な医療、患者サービスの向上、業務の効率化等をはかることが大きな目的であったと思います。しかし当時は現実的にはカルテとX線フィルムの格納場所との戦いでした。医療情報部がカルテ部から発展して設立された歴史的経緯からすればこの課題も適切に対応しなければならないことでした。毎年35平方メートルの場所を確保しなければならず鶴舞キャンパス内のあらゆるところを探し回っていました。そんなことからこの問題を解決するには電子カルテ化以外に解決法はないということで第4次総合病院情報システム(Neo Chart(Chart: Comprehensive Hospital Administration for the Twenty-firstは山内の命名))の予算獲得に文部科学省に2回ほどお願いに行き、やっとその予算を認めてもらいました。その功あって、私が退職する頃には電子カルテシステムが安定稼働しました。その時は何とも言いようのない嬉しさを感じました。
ただ医療情報部は池田充助教授との2人のみの教員で、人材が少ないことで大変苦労しました。その割に医療情報部に与えられる仕事は病院情報システムの開発・維持にとどまりませんでした。当時衛星通信ネットワークを使用して、遠隔医療や、遠隔教育を行おうとする機運が高まり、そのシステムであるSCS(space collaboration system)及び MINCS (medical information network by communication satellite for university hospital)の運営も任されていました。さらに大学と言う機関に所属する以上、研究も欠かせませんでした。大学院生も積極的に受け入れ、院生を指導し、博士号取得者は15 名に及びます。この指導も大変であったことを覚えています。勿論医学部やYLPでの医療情報学の講義、さらには対外的には国立大学医療情報部門連絡会議総会、第22回日本診療録管理学会、第24回医療情報学連合大会、第44回日本病院管理学会、第24回医学会総会でのIT展示などのお世話も行いました。
この16年間はあっという間に過ぎ去りましたが、なんとか乗り切ることが出来ましたのは、医療情報部を支えていただいた医事課の医療業務担当および病歴管理担当の事務官の方達、さらには病院情報システム構築に長年協力していただいた協力委員会メンバーの方たち、そして25名の教室員でした。そんな人たちの協力を得て何とか医療情報部の仕事を達成することができたと思っています。
白鳥義宗先生が2013年にメディカルITセンターの長として着任されました時は本当に嬉しく思いました。医療情報部が途絶えてしまうのではないかと言う切ない思いがありましたが大学の上層部にもその必要性が認められたと思っております。ITは病院情報システムのインフラであるとともに病院そのもののインフラであります。さらには今やビッグデータを扱い、新しい知識を産出しより良い医療、高度な医療、地域医療への貢献ができると思っております。ますますITメディカルセンターが発展することを祈念いたしましてお祝いの言葉とさせていただきます。
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山内 一信
平成3(1991)年12月~平成16(2004)年3月、名古屋大学医学部附属病院医療情報部教授・部長に就任。名大病院第2次病院情報システム(CHART―ホストパソコン連携システム稼働)から第4次総合情報システム(NEO CHART)稼働、運用に尽力した。